『ゴジラ-0.0』のキングギドラ登場が、山崎貴監督の口から明かされました。ネットの考察では前から、予告のラストの咆哮はキングギドラではないか、と言われていましたが、もう予想ではありません。
じゃあ、今回のゴジラは人間の敵なのか、味方なのか。そして予告のラストで、ゴジラが背中から落ちていくあの描写は何だったのか。誰が、どうやってゴジラを落としたのか。ぼくには、いくつか思い当たる候補があります。手がかりを並べながら、一緒に謎解きをしてもらえたらうれしいです。
前作『ゴジラ-1.0』は、戦争によって「無(ゼロ)」になった日本が「負(マイナス)」にたたき落とされた戦いを描いた映画でした(シネマトゥデイの記事の言い方です)。その2年後を描くのが今作で、公開は2026年11月3日です。前作を観返してから読みたい方は、こちらをどうぞ。
キングギドラ登場は本当だった。ゴジラ-0.0の考察はここから始まります
現地時間の2026年9月26日、ニューヨーク映画祭で『ゴジラ-0.0』が世界で初めて上映されました。上映後の質疑応答で、山崎監督がキングギドラの登場に触れています。
この記事は、次の報道を読んで書きました。

キングギドラを登場させた理由を聞かれた監督は、こう答えたそうです(日刊スポーツの記事より)。
約55年かけて、幼少期から思い描いていたキングギドラを登場させることができました
同じ日のプレスカンファレンスでは、続編についてこんな話もしていました。
続編へのアイデアが沢山ネットに溢れていたので、どうやって出し抜こうか、どうやってみんなが考えていない方向にもっていこうかを考えました。作品を創る側としてはお客さんの憶測通りでは悔しいので(笑)、ビックリするような方向にもっていこうと意識しましたし、そういった情報が凄くいい刺激にもなりました
(シネマトゥデイより)
「憶測通りでは悔しい」だそうです(笑)。ぼくの読みも、監督に出し抜かれてしまうかもしれません。それでも、キングギドラが出るという事実から見えてくることは、たくさんあると思います。
予告のラストの咆哮は、やっぱりそうだったのか
9月8日に公開された予告の最後には、村上(田中泯さん)の「心配するな、奴はゴジラじゃない」というセリフがあります(シネマトゥデイより)。その直前にはゴジラとは別の怪獣を思わせる音が入っていて、海外版予告のYouTubeのコメント欄では「ラストの音がキングギドラの咆哮とそっくり」という指摘が多数あったそうです。「モンスター・ゼロがやってくる」という声もありました(シネマトゥデイ9月9日より)。
予告の中身そのものは、前に書いた「奴はゴジラじゃない」と長澤まさみさんの新役の考察にまとめています。
9月7日のぼくの予想は、監督の言葉と比べてどうだったか
ここで、前の記事の答え合わせをしておきます。9月7日の記事で、ぼくは「-0.0」の意味を、ゼロからのスタートすらできないことを表しているんじゃないか、と予想しました。

ニューヨーク映画祭の場で、監督がこの「-0.0」に込めた意味に触れました(シネマトゥデイ)。
ある分野ではゼロにマイナスをつけると、ゼロに向かっていく力のようなものを表現しているようなんです。いろんな意味が込められていますが、一番大きいのは、せめて普通の暮らしを営みたいと思っている敷島家が、どういう思いで過ごしているのかを意識しながら作っていきました
「ゼロに向かっていく力」というのは、まだゼロに着ききっていない、という意味にも読めます。ぼくの「ゼロからのスタートすらできない」という読みと、近いところを向いている気がします。ただ、監督が「一番大きい」と話したのは敷島家の暮らしのほうなので、当たったとまでは言えません。
ぼくがゴジラは救い主になると思う理由は、ハリウッド版の流れにあります
ゴジラは、だいたい1作目では悪魔みたいな存在として現れます。それが続編になると、新しい怪獣が出てきて、ゴジラがそれを倒します。人間から見ると、いつのまにか救い主みたいな立場に変わっているんです(ハリウッド版は、それが1作目から始まっていました)。前に書いた典子の首のあざの考察でも、そんな流れのことを書きました。今作もそうなるんじゃないか、というのがぼくの読みです。昔の映画の展開にも少し触れながら、順番に見ていきます。
昭和のシリーズで、ゴジラは初めて人間の側に立ちました
それまでのゴジラは「人類の脅威」として描かれてきました。その立場が変わったのが、1964年の『三大怪獣 地球最大の決戦』(シリーズ5作目)です。ゴジラが初めて善玉として描かれた作品で、この映画で初めて登場したのが、宇宙から来たキングギドラです(ウィキペディア)。9月9日のシネマトゥデイの記事によると、ギドラはその後のシリーズでもゴジラと何度も対峙して、窮地に追いつめてきました。
キングギドラ初登場の映画は、4Kリマスターで観られます。
1998年のジャン・レノ版は、ぼくの中ではゴジラに数えていません
ここからはハリウッド版です。最初のハリウッド版は、1998年公開の、ジャン・レノさんが出ていた映画でした。ぼくの感想は「ゴジラであってゴジラじゃない」です。イメージは巨大な“恐竜”で、巨大な恐竜をゴジラにこじつけたような描写だったと思っています。だからぼくは、ハリウッド版の1作目には数えていません。でも、デカい恐竜が出てくるという珍しい映画ではありました。ただ、アメリカにはキングコングもいるので、巨大な獣の映画は、向こうにもあるジャンルなんだなとは思いました。
芦田愛菜ちゃんも小さい姿で出ていた気がしたんですが、あとで確かめたら、芦田さんは2004年生まれ。ぼくが覚えていたのは、たぶん『パシフィック・リム』(2013年)の幼いマコ役のほうでした。核廃棄物みたいなものを食べていた、というのも同じだった気がしていましたが、1998年版のゴジラが食べていたのは魚で、核を食べていたのは2014年版の敵のムートーのほうでした(英語版ウィキペディア。※英語サイト・自動翻訳推奨)。
ハリウッド版の1作目は2014年。ゴジラは最初から人間の神様みたいでした
ぼくが数えるハリウッド版の1作目は、2014年の『GODZILLA ゴジラ』です。流石ハリウッド、という描写で、かっこいいゴジラが描かれていました。1作目から敵の怪獣が出てきて、しかも2体も出てきて、ゴジラも手を焼いていました。それでも最後に放射熱線をくらわせて、勝鬨をあげるかっこよさ。頬を震わせながら吠える咆哮が、まさにかっこよかったです。そういえば、この映画はおもしろかったです。兵士たちが決死でダイブしていくシーンも印象に残っています。
敵怪獣はムートーという名前で、オスとメスのつがい2体でした。ラストでは、ゴジラを映したテレビ映像に「怪獣王は救世主か?」というテロップが出ていました。
ムートーは人間にとっては脅威でした。それをゴジラが倒しそうだから、「あれ、ゴジラって、俺たちの神様なのか」みたいな感じで描かれるんです。決死のダイブをする米軍の兵士たちも、ゴジラをバックアップするような感じで描かれていた気がします。つまり、人間とゴジラの共闘があった、ような気がするんですよね。あの映画は本当によくできていて、やっぱりハリウッドだなと思いました。アメリカ軍、すげえ、ってなりました。
ハリウッド版の1作目を観返したい方は、こちらです。
ハリウッド版の2作目は2019年。ラスボスはキングギドラでした
そして、ここからが今回いちばん言いたいところです。2019年の『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』が、ハリウッド版の2作目です。間に『キングコング:髑髏島の巨神』(2017年)が入るので、シリーズ全体では3作目ですが、ゴジラが主役の映画としては2作目です。
ぼくの記憶では、この映画のラスボスはキングギドラです。顔が3つある奴です。そして、自己再生能力がえげつなかったです。頭を1本失っても、短時間で生え直していました。
ただでさえゴジラが苦戦する相手なのに、というところで、もうひとつ覚えていることがあります。ぼくの記憶では、キングギドラよりも先に、人間がゴジラを攻撃して殺してしまうんですよね(死んでないんですが)。人間が「やったぞ!」と喜んでいる中で、「あれ? これってヤバくない? キングギドラの方がヤバいじゃん」という空気になっていきました。
使われたのはオキシジェン・デストロイヤーでした。ゴジラとギドラが戦っている最中に、米軍が打ち込んだんです。ゴジラは一時的に動けなくなったのに、ギドラにはまったく効きませんでした。
もうひとつ、このキングギドラは劇中で最初「モンスター・ゼロ」というコードネームで呼ばれていました。-0.0の「ゼロ」と関係があるのかどうかは、偶然かもしれませんが、気になるところです。
ハリウッド版の2作目を観返したい方は、こちらです。
山崎監督の作品も、2作目の『ゴジラ-0.0』でキングギドラが出ます
ここまでを、表に並べてみます。
山崎監督の作品はシネマトゥデイの記事をもとにしています。いちばん下の行と、「悪魔のような存在」「共闘した、ような気がする」は、ぼくの記憶と読みです。
比べてみると、違うところと同じところがあります。違うのは1作目のゴジラです。ハリウッド版は1作目から救世主扱いで、人間と共闘するような場面もありました(ぼくの記憶では)。山崎監督の『ゴジラ-1.0』は日本を「負(マイナス)」にたたき落とす悪魔のような存在でした。同じなのは、2作目でキングギドラが出ることと、人間がゴジラを倒そうとすることです。だからぼくは、人間が倒したはずのゴジラが、もっと恐ろしい怪獣の前で救い主に変わるんじゃないかと思っています。
もうひとつの違いは、前ふりです
そもそも、キングギドラが出てくるとしたら、どんな状況なんでしょうか。ぼくの記憶では(たしか、なんですが)、ハリウッド版の2作目には前ふりがありました。1作目(2014年版)の最後のオマケ枠で、どこかの壁画に、昔から怪獣が世の中を荒らしていた記録が出てきたんです。
ただ、あとで分かったんですが、その壁画が出てくるのは2014年版ではなく、『キングコング:髑髏島の巨神』(2017年)のほうで、巨大な恐竜や翼竜、蛾、それに三つ首の竜が描かれていました(ウィキペディア)。三つ首の竜は、キングギドラのことだと思います。
では『ゴジラ-1.0』はどうだったか。前作の最後は、典子の首に妙なあざがあって、崩れ落ちたゴジラが再生し始めていた、というところまでです。キングギドラが出てくる前ふりとは言いがたいと思います。だから、まず人間対ゴジラになる筋は外せない、とぼくは思っています。
予告で落ちていくゴジラは、誰の仕業なのか。候補は3つあります
ただ、どうやって悪魔から救い主になるのかは、考えたいところです。救い主になるには、ゴジラの前に別の怪獣が出てくることは間違いないと、ぼくは思っています。そこで気になるのが、予告でゴジラが落ちていく場面です。
背中から、真上から落ちるゴジラ
予告の最後には、村上の「心配するな、奴はゴジラじゃない」というセリフと一緒に、背中から地面に落下するゴジラの姿が映ります(シネマトゥデイ9月8日)。9月24日に公開されたIMAX版ポスターも、その姿を思わせる仕上がりで、「咆哮すら呑み込む青い閃光に包まれ、地上へと墜ちていくゴジラの姿を捉えており」と紹介されています(シネマトゥデイ9月24日)。
ぼくの記憶では、垂直落下しているような描写でした。上から下へ落ちてくるんです。これって、誰にそんなことをされたんでしょうか。
別の怪獣にぶん投げられた、という読みもできます。昔、ゴジラとキングコングの絡みで、コングがゴジラの尻尾を持ってジャイアントスイングするような描写があった気がします(どの作品かは思い出せません)。ただ、地上の怪獣に振り回されて投げられたなら、斜めに飛んで、斜めに落ちるはずです。予告のゴジラは、上から下へ、まっすぐ落ちているように見えました。だとすると、いったん真上まで持ち上げられたことになります。
真上に持ち上げるには、どんな方法があるのか。ぼくが思いつく候補は3つです。
候補1:別の怪獣、たとえばキングギドラが、空へ運んで落とした
キングギドラには翼があります。空へ運んで、落とすことはできそうです。前例もあります。2019年のキングギドラは、ゴジラを首で捕まえて、高いところから落として気絶させる場面がありました。昭和のラドンも、『三大怪獣 地球最大の決戦』でゴジラを持ち上げて叩き落としていました(ウィキペディア)。
候補2:青い無重力の天変地異に、ゴジラが浮かされた
予告には、世界が青っぽくて、なにか無重力のような描写があった記憶があります。シネマトゥデイの記事にも「宙に持ち上がる家屋」という言葉が出てきます(シネマトゥデイ9月8日)。あれが天変地異のような天気で、ゴジラが浮き上がったなら、背中から落ちることもありえます。青山(長澤まさみさん)は天才気象予報官で、作戦の名前も「鳴神(なるかみ)作戦」です。青山の気象の知識があれば、そういう可能性もなくはない、とぼくは思っています。
ただ、そんな現象を1949年の人間が起こすのは、どうやってもできません。だから、そんな能力を持った怪獣がいれば、と考えて、過去のゴジラの天敵を調べてみました。重力で浮かせた前例は、スペースゴジラ(1994年)です。重力を操って、6万トンもあるゴジラの巨体を浮かせることができました(ウィキペディア)。
候補3:人間の科学力が、急に出てきた
もうひとつ気になることがあります。たしか予告で、人間の域を超えている、とかそんなニュアンスの発言が、だれかからあったんです。忘れましたけど。だとすると、人間の科学力が急に出てきたのかもしれません。アメリカ軍の秘密兵器か、反重力の研究か。今度は、それを試すのか。
前作でも、その時代では実現できなそうな泡ぶくぶく作戦で、ゴジラを海底に沈めました(海神作戦のことです)。日本の技術力か、アメリカの秘密の超科学か。材料になりそうな発言が、監督にもあります。4月に、監督はColliderのインタビューでこう話していました(シネマトゥデイ4月16日)。
アメリカ国防総省や海軍などの軍全体が、映画の核となるテーマに大きく関わってきます
3つの候補を並べて、絞ってみます
どれか1つに絞り切るのは、ぼくにはまだ難しいです。あんな青い無重力みたいな現象を、1949年の人間が起こすのはどうやってもできない気がします。でも前作では、その時代では実現できなそうな泡ぶくぶく作戦で、人間がゴジラを海底に沈めました。人間には無理、と言い切れないのが悩ましいところです。答え合わせは11月3日です。
子どものころ映画館で観たゴジラは『ゴジラvsビオランテ』だけでした
ここで、ぼくの思い出話をさせてください。ゴジラ映画は、いつもテレビで観ていました。映画館で観たゴジラは、子どものころに観た『ゴジラvsビオランテ』ただ1本です。1989年12月16日の公開でした(ウィキペディア)。同じくらいの頃に、『ドラえもん のび太のパラレル西遊記』も映画館で観ました。こちらは1988年3月12日の公開です。
話は逸れますが、このパラレル西遊記は、ドラえもん大長編の白黒漫画の巻数にカウントされていません。なんでだろうと、ずっと思っていました。原作の藤子・F・不二雄先生(本名は藤本弘さん)が療養していて、原作漫画が描かれなかったからです(ウィキペディア)。だから、いつもの大長編とは違って、映画の場面で作ったカラーのコミックの上下巻を買いました。
ビオランテの中身は、ほとんど覚えていません。でも、覚えていることが2つあります。ひとつは、毒を開発していたなという記憶。もうひとつは、ゴジラよりとてつもなくサイズの大きい巨獣が出てきて、「やばっ!」となったことです。どうやって倒したのかは、忘れました。
ビオランテの頭は朝顔みたいなイメージで覚えていたんですが、これは勘違いかもしれません。あとで見たら、巨大なバラのような姿の怪獣でした。
ビオランテを観返したくなった方は、こちらです。
まとめ。答え合わせは11月3日です
- 『ゴジラ-0.0』にキングギドラが出ると、山崎貴監督がニューヨーク映画祭で明かした(「約55年かけて、幼少期から思い描いていたキングギドラ」)
- ハリウッド版も山崎監督の作品も、キングギドラが出るのは2作目。1作目のゴジラは違う(ハリウッド版は最初から救世主扱いで、人間と共闘した気がする。山崎版は悪魔のよう)が、2作目で人間がゴジラを倒そうとするのは同じ。だからぼくは、今作でゴジラが救い主に変わるのでは、と思っている
- 予告で背中から落ちるゴジラを落としたのは、キングギドラか、青い無重力の天気か、人間の超科学か。まだ1つに絞れない
公開初日の11月3日は、午前0時から全国31館のIMAX劇場で最速上映があります。最速上映のチケットは10月3日の0時から、各劇場の公式サイトで販売が始まるそうです(一部の劇場は日程が違います。シネマトゥデイ9月24日より)。ぼくの読みが当たっているのか、監督に出し抜かれるのか。答え合わせを楽しみに待ちます。
最後に、ぼくの感想をひとつ書かせてください。キングギドラが出ることは、監督自身の口から明かされました。でも、これだけはネタバレしないでほしかったな、というのが本音です。

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