ゴジラの熱線のエネルギーって、いったいどこから来ているんでしょうか。前回はチェレンコフ放射から熱線の原理を考えましたが、今回はもう一歩踏み込んで、休憩なのか再チャージなのか、そして「体の中に電池みたいな器官があるのか」というところまで考えてみます。
そして後半では、ぼくが昔読んだ相対性理論の本の記憶(「1円玉1枚か2枚ぐらいのエネルギーで、東京ドームの水を一瞬で沸騰させられる」という話)を、実際に計算して確かめます。うろ覚えのまま記事にはしたくなかったので、途中の計算式も全部載せておきます。
ゴジラの熱線のエネルギーは休憩か再チャージか。『ゴジラ-1.0』が見せているもの
前回の記事「ゴジラの熱線は熱いか冷たいか。チェレンコフ放射から原理をひも解く」では、『ゴジラ-1.0』が無限には撃てず、休憩をはさみながら3回発射していることを確認しました。今回はここをもう一歩掘り下げて、あの「休憩」の正体を考えてみます。

そもそもの発端は、タミヤのミニ四駆とのコラボでした。詳しくはこちらにまとめています。

撃つたびに火傷して、治すために海に戻ります
Wikipediaのあらすじによれば、『ゴジラ-1.0』のゴジラは熱線を撃つたびに自分の口の周りをやけどしていて、その傷を治すために海に戻る、という描写が繰り返されています。少なくともこの作品については、「休憩」の正体は「傷の回復」だと考えてよさそうです。
野田の「完治まで約10日」は、あくまで劇中人物の推測です
調べてみると、Wikipedia『ゴジラ-1.0』のあらすじに、もう一つ手がかりがありました。劇中の登場人物・野田が、ゴジラが完治して日本に再上陸するまで「約10日かかる」と推測するセリフがあるそうです。
ここは少し注意が要ります。これはあくまで劇中の野田という登場人物が口にした「推測」であって、実際に10日という時間が経過したことが画面の上ではっきり描かれているわけではないようです。「休憩イコール傷の回復」という見方を補強する材料の一つ、として受け取るのがよさそうです。
熱線を撃つたびに火傷して海に戻る、あのシーンをもう一度、止めて見返したい方はこちらからどうぞ。
「再チャージ」型の設定は、実は見つかりませんでした
では「再チャージ」(エネルギーを溜め直しているから休んでいる、という考え方)はどうでしょうか。歴代のゴジラ作品を調べてみると、これがなかなかややこしい話でした。
スパイラル熱線の「チャージ」は、また別の話です
ファンがまとめた技の解説を読むと、平成VSシリーズの必殺技「スパイラル熱線」や、『ゴジラ FINAL WARS』の「ハイパースパイラル熱線」には、たしかに「チャージ」という言葉が出てきます。ただしこれは、足と尾を固定してじっくり溜めてから、1回の技の威力を上げて撃ち出すための、その場かぎりの溜め動作です。ぼくが気になっていた「連発できない理由としてのチャージ」(撃つたびにエネルギーを使い切って、また溜め直すまで休む、という意味の話)とは、どうやら別のカテゴリのようです。
今回調べた範囲では、「連発できない理由は体内のエネルギーを溜め直しているからだ」と明確に説明している公式設定は見つかりませんでした。
体の中の「電池のような器官」があるのは2作品だけです
「再チャージ」というからには、体の中に電池のような器官があるのか、という疑問も出てきます。調べて見つかったのは、平成VSシリーズと『シン・ゴジラ』の2つでした。
- 平成VSシリーズ:核分裂物質を体に取り込み、原子炉のようにエネルギー源にするという設定
- 『シン・ゴジラ』:「熱核エネルギー変換生体器官」という、いわば生体原子炉を持つ設定
そして『ゴジラ-1.0』には、この手の器官の設定そのものが見当たりませんでした。1946年のビキニ環礁での核実験(クロスロード作戦)による被曝で、細胞にエラーが生じて巨大化した、という設定はありますが、これは変異の「きっかけ」の話であって、体の中に発電器官のようなものがあるという話ではありません。この「細胞のエラー」という言葉は、典子の首のあざはなぜ?ゴジラ マイナスゼロへの伏線を予想するで考えたゴジラの再生・細胞の話ともつながっています。
体の中に生体原子炉を持つ設定は、今回調べた範囲では『シン・ゴジラ』だけのものでした。なお庵野秀明総監督がシン・ゴジラに与えたコンセプトは『完全生物』で、これは地球の生物の頂点に立つ生き物という意味だと紹介されています。もう一度見返したい方はこちらからどうぞ。
生物として、体からどれだけのものを出せるのか
ゴジラの体内にどんな機構があるのかは、公式に説明されていません。ただ「生物の体から、熱や電気のようなエネルギーを外に出す」ということ自体は、実は現実の生き物にも実例があります。ここからは現実の生物の話をしていきます。ちなみに『ゴジラ生物学序説』という、ゴジラを生き物として真面目に論じた本が昔あったそうです。ぼくは読めていないのですが、こういうことを考えた人は前からいたんだなと思います。
デンキウナギの体は、電池を直列につないだような作りです
ぼくが調べていていちばん驚いたのが、デンキウナギです。デンキウナギの発電器官には、1個あたり約0.15ボルトを発生させる電気細胞(エレクトロサイト。電気を発生させる特殊な細胞のことです)が、約6,000個も直列に並んでいます。さらにこれが胴体に約35個並列に配置されていて、最大で860ボルトもの電圧を作り出します(2019年に新種として分類された「強電気ウナギ」の値です)。
単三電池(1本1.5ボルト)に置きかえると、570本ぶんくらいの電圧です。デンキウナギの体の中では、それに近いことが実際に起きているわけです。「体の中に電池みたいな器官があるのか」というぼくの疑問に、現実の生き物が一つの答えを見せてくれている、という言い方ができそうです。
デンキウナギはこの電気を、狩りで獲物をしびれさせたり、外敵から身を守ったりするために使います。ゴジラの熱線のように遠くまで飛ぶ攻撃ではありませんが、「体の中に、小さな発電単位をたくさん並べて大きな出力を作る」という設計思想そのものは、ゴジラの体内に何らかの器官があるとしたらどんな形になるかを考えるうえで、参考になる実例だと思います。
ミイデラゴミムシは、燃料を分けて持っておく発想です
ミイデラゴミムシ(いわゆる「爆弾甲虫」の仲間)は、腹部に過酸化水素とヒドロキノンを別々に溜めておいて、敵に襲われるとこの2つを混ぜ合わせ、水蒸気とベンゾキノン類からなる100℃以上のガスをお尻から噴射します。混ぜるまでは反応が起きないように、燃料を体の中で分けて保管しておく、という発想です。
ホタルとテッポウエビは、数字の扱いに気をつけたい実例です
ホタルの発光効率は、調べていくと資料によって数字が違っていました。学術論文の再測定では量子収率(化学反応1回あたり、光の粒がいくつ生まれるかを表す数字)0.41という値が示されている一方、90%前後という数字も広く出回っています。「90%」のほうは、量子収率とは別の指標(反応のエネルギーが最終的にどれだけ光のエネルギーに変わったかという、エネルギー変換効率に近い指標)を指している可能性があります。おそらく、そもそも測っている指標が違うのだと思われます。どちらか片方だけを正しいとは言えなさそうなので、両方の数字をそのまま紹介しておきます。
テッポウエビは、ハサミを閉じる瞬間にできる気泡がつぶれるとき、約4400℃に達すると言われています。この数字は、ぼくが元の論文まで確かめられたわけではないので、「〜と言われている」という紹介にとどめておきます。
デンキウナギとミイデラゴミムシはWikipedia日本語版、ホタルは『化学と教育』(近江谷克裕、2016年)を読みました。テッポウエビは紹介記事で読んだ数字です。
昔読んだ「わからない人でもわかる」相対性理論の本の記憶
「わからない人でもわかる」シリーズを読んだのに、わかりませんでした
ここからは、ぼく自身の話をさせてください。ぼくは昔、ちょっと難しい本を読むことに調子に乗ってハマっていた時期がありました。そのとき手に取ったのが、相対性理論の本です。もちろん「わからない人でもわかる」系のシリーズのものでした。
結果から言うと、いや、分かりませんでしたよ。それでも、その本の中で読んだ「質量というのは、とても莫大なエネルギーを持っている」という話だけは、なぜかずっと記憶に残っていました。
それでも覚えていた「質量は莫大なエネルギーを持つ」という話
本のタイトルも、正確な文章もいまとなっては思い出せません。それでも「小さな質量が、とてつもないエネルギーを秘めている」という感覚だけは、頭のどこかに残り続けていました。この記憶が、今回の記事のきっかけです。
当時読んだ本のタイトルまでは覚えていないのですが、これから読むならこういう本が良さそうです。
1円玉で東京ドームは沸くのか。実際に計算してみます
ぼくの記憶にはもう一つ、具体的な数字がありました。「1円玉1枚か2枚ぐらいのエネルギーで、東京ドームの水を一瞬で沸騰させられる」という話です。本のタイトルも正確な文章も覚えていないので、あくまで「〜という気がします」というぼんやりした記憶です。だからこそ、実際に計算して確かめてみることにしました。
使った数字
- 1円玉の重さ:1.00グラム(財務省「通常貨幣一覧」で確認できる公式の値です)
- 東京ドームの容積:およそ124万立方メートル(「東京ドーム○個分」の基準として使われている値です)
- 水の重さ:1立方メートルあたり1,000キログラムとして計算
このうち容積と水の重さから、東京ドームいっぱいの水の重さを出すと、1,000kg/m³ × 1,240,000m³ = 12億4,000万キログラムになります。
計算1:沸かすだけなら
水を20℃から100℃まで温めるのに必要な熱量は、「重さ×比熱×温度差」で計算できます。比熱(物を1℃温めるのに必要な熱の量を表す数字)は、水の場合1キログラムあたり4,180ジュールです。ジュールというのはエネルギーの大きさを表す単位です。1ジュールは、だいたい100グラムの物を1メートル持ち上げるくらいのエネルギーだと思ってください。
12億4,000万kg × 4,180J/(kg・K) × (100−20)℃ = 約4.15×1014ジュール(約415兆ジュール)
これが「お湯がグラグラ沸き始める温度まで温める」のに必要なエネルギーです。
計算2:全部を水蒸気にするなら
「一瞬で沸騰」を、「水が1滴残らず水蒸気に変わる」という意味だとすると、話はもっと大きくなります。水を蒸発させるのに必要な熱量(蒸発熱)は、1キログラムあたり2,257,000ジュールです。
12億4,000万kg × 2,257,000J/kg = 約2.80×1015ジュール
これに先ほどの「沸かすだけ」の分を足すと、合計は約3.21×1015ジュール(約3,213兆ジュール)。沸かすだけの場合の、約7.75倍にもなります。
1円玉をまるごとエネルギーに変えたら
ここでようやく、アインシュタインの式E=mc²の出番です。質量mをエネルギーEに変えると、E=m×c²(cは光の速さ)という式になります。光の速さは秒速およそ30万キロメートル。式ではこれを二乗するので、質量が小さくても答えはとんでもない数字になります。1円玉1枚(質量0.001キログラム)をまるごとエネルギーに変えたとすると、こうなります。
E = 0.001kg × (299,792,458m/s)² = 約8.99×1013ジュール(約90兆ジュール)
1円玉2枚なら、この2倍で約1.80×1014ジュールです。
水1,240,000m³(東京ドームの容積)・比熱4,180J/(kg・K)・蒸発熱2,257,000J/kg・1円玉1.00gで算出。途中式は本文参照。
ぼくの記憶は、合っていたのか
「沸かすだけ」の意味で読むなら、1円玉1枚で必要量の約22%、2枚で約43%まで届きます。全部をまかなうには約4.6枚が必要という計算です。「1〜2枚」と言い切るには少し足りませんが、桁で見れば同じ「数枚」のオーダーで、「1円玉くらいの小さな質量が、東京ドームを丸ごと沸かせるほどの莫大なエネルギーを持っている」という話の芯は合っていると言えそうです。
一方、「1滴残らず水蒸気にする」の意味で読むなら、1枚で約2.8%、2枚でも約5.6%にしかならず、実際には約35.8枚が必要になります。この解釈だと、1桁ずれることになります。
うろ覚えのまま「だいたい合っていた」で済ませるつもりはありませんでしたが、実際に計算してみると、うろ覚えでここまで近い数字を覚えていたのは、なかなかすごいことだと思いました。
「光速に近づくと質量が増える」は、古い言い方でした
いまは「質量ではなく、運動量とエネルギーが増える」という言い方です
ぼくの記憶にはもう一つ、「光の速度に近づけば近づくほど、質量が増えるんだったかな、ちょっとよくわからないけども」という、ぼんやりした部分がありました。ここも調べてみました。
「速度が上がると質量が増える」という説明は、20世紀の入門書で広く使われていた言い方だそうです。ただし、いまの物理学ではこの言い方は勧められていません。今の標準的な説明では、物の質量そのものは変わらず、増えるのは運動量(動いている勢いを表す量)とエネルギーだとされています。
これはぼくの記憶が「間違っていた」というより、当時読んだ入門書がそう説明していたので、そう覚えているのがむしろ自然、という話のようです。物理学の教科書の書き方自体が、時代とともに変わってきたということだと思います。
「光速を超えるには莫大なエネルギーが必要で、結局は超えられない」というぼくのもう一つの記憶についても、方向性は合っていました。物を加速するにはエネルギーを注ぎ込む必要がありますが、光速に近づくほど、同じだけ速度を上げるのに必要なエネルギーがどんどん増えていきます。光速ちょうどにするには無限大のエネルギーが要る、という計算になるため、現実には光速には到達できず、限りなく近づくだけになるということのようです。
「光速度不変の法則」ではなく「光速度不変の原理」です
もう一つ、ぼくは「光速度不変の法則」と覚えていましたが、正確には「光速度不変の原理」と呼ぶのが正しいようです。実験の結果から導き出された「法則」ではなく、アインシュタインが理論を組み立てるための出発点として置いた前提だから、「原理」と呼ぶんだそうです。
ゴジラのエネルギー源はこれなのか
核分裂・核融合ではごくわずかしか変わりません
ここまで調べて分かったのは、質量というものが、そう簡単に効率よくエネルギーに変わるわけではない、ということです。現実の核分裂で、質量がエネルギーに変わる割合は、およそ0.09%。太陽の中では、水素の原子核4個がくっついてヘリウム1個に変わる核融合が起きていますが、これでもエネルギーに変わるのはおよそ0.7%にとどまります。
対消滅だけは変換率100%です
質量をまるごとエネルギーに変えられるのは、「対消滅」という現象くらいで、これだけは変換率100%になります。反物質(ふつうの物質とは電気の性質が逆さまになった、鏡写しのような物質です)とふつうの物質がぶつかると、両方とも消えて、そのぶんがまるごとエネルギーに変わります。これを「対消滅」と呼びます。
たとえば広島に落とされた原爆のエネルギーは、TNT火薬16キロトン分にあたるとされています。ジュールに直すとおよそ6.7×1013ジュール。さきほど計算した1円玉1枚分の質量エネルギー(約8.99×1013ジュール)は、その約1.3倍です。熱線1発が原爆何個分なのかは分かりませんが、仮に原爆1個ぶんに近いエネルギーだとすれば、1円玉数枚ぶんの質量で足りてしまう計算になります。
もしゴジラが1発の熱線で銀座を吹き飛ばすほどのエネルギーを出しているのだとしたら、体重のごく一部を質量エネルギーに変えるだけで足りてしまう可能性はありそうです。ただし、これはあくまでぼくの想像で、公式設定にそう書かれているわけではありません。
E=mc²についてもう一歩踏み込んで知りたくなった方には、こういう本もあります。
怒った時に吐くのか。感情と連動しているのか
3回とも「攻撃を受けた直後」でした
最後に、ぼくがいちばん気になっていた「やっぱり怒った時に吐くんでしょうね」という疑問です。『ゴジラ-1.0』で熱線が放たれた3回は、いずれも「攻撃を受けた直後」でした。新生丸と重巡洋艦「高雄」の砲撃を受けた直後、国会議事堂前の戦車隊の砲撃を受けた直後、駆逐艦「夕風」「欅」の突撃を受けた直後です。
これは「怒って報復している」とも読めますし、「刺激に対する反射的な排除行動」とも読めます。どちらかを裏付ける決め手は、今回は見つけられませんでした。
『シン・ゴジラ』は、むしろ感情を読み取らせないデザインでした
公式に「感情に連動する」と語られた発言は見つかるのでしょうか。1954年の初代を撮った本多猪四郎監督や、原作者の香山滋さんが、ゴジラの怒りについて語った記録も探しましたが、今回は見つけられませんでした。見つかったのは「ゴジラは戦争や水爆の犠牲者・象徴である」という位置づけの話ばかりで、これは感情論とは別の話です。山崎貴監督・庵野秀明総監督が語っているのは、もっぱらデザインと造形の話でした。むしろ『シン・ゴジラ』については、逆の方向を示す証言があります。ゴジラのデザインと雛型模型を担当した造形家の竹谷隆之さんが、シネマトゥデイの記事でこう証言しています。
庵野さんは目にも強いこだわりを持っていて、『人間の眼でいこう』ということになってから白目と黒目の比率をとても慎重に吟味されていました。生き物の中で人の目がいちばん恐いと
(シネマトゥデイ「『シン・ゴジラ』庵野秀明のこだわり!恐ろしい目の秘密とは」2016年7月13日より)
これは「感情を読み取らせない」ためのデザイン上の狙いを語ったもので、「感情に連動して熱線を吐く」という設定そのものを語った発言ではありません。ぼくの「やっぱり怒った時に吐くんでしょうね」という感覚は、否定も肯定もできる材料が今回はそろいませんでした。次に『ゴジラ-1.0』を見返すときは、熱線を撃つ直前のゴジラの目をよく見てみようと思います。
朝からゴジラの声で目覚めたい人には、1954年のオリジナル音源を使った目覚まし時計を紹介した記事もあります。

まとめ。『ゴジラ-0.0』ではどう描かれるのか楽しみです
今回は、休憩か再チャージか、体の中の器官、現実の生物の実例、そしてぼく自身の相対性理論の記憶の検算まで、いろいろな角度から考えてみました。整理すると、次のようなことが見えてきました。
- 『ゴジラ-1.0』の「休憩」は、傷の回復という描写に沿って考えるのが自然
- 「再チャージ」型のエネルギー充填設定は、今回の調査では見つからなかった
- デンキウナギの発電の仕組みが、体の中の「電池」のイメージにいちばん近い現実の実例だった
- 1円玉1〜2枚で東京ドームが沸くというぼくの記憶は、桁で見ればかなり近く、正確には約4.6枚必要だった
- 感情と熱線が連動しているかどうかは、材料が出そろわず、決め手が無かった
いちばん印象に残ったのは、昔読んだ本の記憶を実際に数式に起こしてみたことでした。「1〜2枚」という記憶の数字自体はぴったりではありませんでしたが、それでも「東京ドームを丸ごと沸かせるほどの莫大なエネルギーが、1円玉くらいの小さな質量に眠っている」という話の骨格は、何十年も前に読んだ本の記憶のまま、実際に正しかったことになります。ぼんやりした記憶でも、意外と芯は覚えているものだと感じました。
そういえば『ゴジラ-0.0』というタイトルの「マイナスゼロ」が何を意味しているのか、その意図についても別の記事で考えてみました。

2026年11月3日には、いよいよ『ゴジラ-0.0』が公開されます。それまでの間、ゴジラ-0.0のチラシのもらい方!配布はいつどこで?で紹介した劇場チラシをもらいに行くのも、今から楽しみにしています。予告編の情報はこちらにまとめてあるので、あわせてどうぞ。



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